概要
大魔術師、と名のつくものは数あれど。
彼ほどブリテン国民の慣れ親しんだ顔は多くないだろう。
偉大なりし魔術学の祖、エリンから魔法を盗んだ男、自称「原初の魔術師」、伝説のバカ、お喋りクソ野郎――
――彼の名は、マグパイという。
略歴
たはぁ〜っ、なんちゃって!
そう、俺がマグパイ。云わば、ブリテンで最も有名な大魔術師。
ロンドンのキングス・クロス駅の前には俺の銅像が置いてあって待ち合わせスポットになってるし、
たいていの魔術学校には俺の肖像画が置いてある。そう、そしてその全部がうるさい。
だって足元でソワソワした童貞が彼女を待ってたりしたらつい煽っちゃう気持ち……わかるだろ? 大丈夫、彼女はカップル割りの数ドルが気になるだけなんだ! 楽しみなのはお前じゃなくて美術館だよ、安心して! 緊張する意味なんかハナッからなんにもないぜ!
ってな感じで、ちょっとお喋りで、ちょっと偉大すぎただけの、どこにでもいる普通の魔術師さ。
本当かって? 本当だよ。本当本当! もうめっちゃ本当! 信じて!
まあでもせっかくだから、俺が何をやってこんなに有名になったのか、これを説明していこうじゃないか。
時代はアーサー王が大陸からやってきた連中を討伐していた頃に遡る。あのときヴォーディガーンとかいうデカい竜が……え? そんなに遡らなくてもいい? そんなー。
仕方ない、じゃあまずは、「マグパイ」という俺の名前が最も轟いた要因、その話からしていこう。
君たちが持っているその魔術の教科書、そう……白本が出来るまでのお話だ。
そもそも、魔術ってのは一体なんだと思う?
古代、エリンの妖精であるエルフたちが使った魔法は、土地の霊と自己の霊を同期して、直接扱う種類のものだった。これはエルフの血とエリンの霊だけが成し得る門外秘の奇跡だ。今、人間の扱う魔術は俺の時代と比べてとっても進んでいるけれども、それでも直接魔力を撃ち出したりなんてことを成せる人間はいない。あれはエルフの肉体があってこそできることで、人間には生物的に不可能な機構なんだ。
当時――アーサー王よりもさらに前の時代の話だけれど。魔法を使える人間は、多くなかった。突然変異的にしか存在しなかったとさえ言っていい。今の世界情勢的に言えば「亜人」に近いのかな? 特別に地霊と親和性が高くて、なおかつその力を順序立ててきちんと出力できる、そういう天賦の才に恵まれた人間だけが、魔法を使うことができた。俺はそういう人間のうちの一人だった。
当時は自分を天才だと思っていたよ。でもあるとき気づいたんだ。
本当は誰でも魔法を使うことができるんじゃないか、ってね。
あの頃――浮遊島はもう既に空の上だった。取り残されたエリシオンだけがぽつねんと海の上にあった。
あちこち旅して、あれこれやって、エリシオンでエルフたちと触れ合った結果、俺のやり方は、エルフたちのやり方とは違うということに気付いた。彼らの理論と俺の理論は似て非なるものだった。この二つを比較したとき、俺は自分が「人間の身体で出来る魔法」に特化していることに気付いた。
この閃きを忘れたくなかった。俺はそれまで、ほとんど本能のままにやっていた魔法の、根底にあるロジックについて考え始めた。
こうして、このブリテンに世界で初めての「魔術師」が誕生したのさ。
いや――いや、そうか、詳しい人は分かってるね! そう、俺ひとりが魔術師だったわけじゃない。俺にはいっぱい友達がいて……時代がズレてる? まあまあ、そんな話はいいじゃないか。いやマジで! ツッコまないで! ちょっと記憶があやふやなだけなんだってマジで!
まあ、俺が本当に初めての「魔術師」だったかはともかく、人間の世界には魔法を体系化した「魔術」という文化が生まれた。そしてその少なくとも一部に俺は携わっている。ここまでは信じてもらえるかい? 頼むよ。
スノウホワイト? ああ、あいつの話か……強烈な女だった。あれの話はもうちょっと待ってね。
旅の間にいろんなことをやった。巨人と全裸で凍った湖の上を駆け抜けたり、山を爆破したり、リスを増やしたり……まあ、君らが童話とかで見たことがある通りのことを。
その時代のブリテンは混迷していた。治世はガタガタだったし、経済はうまく回ってなかった。宗教戦争が激化して、わりとみんな疲れ切っていた。俺はなんか笑えることをしたかったんだよ。山を吹っ飛ばしたのもその頃だったかな? 地面をピンク色のぶよぶよに変えて紛争をグダグダにしたのもギリギリ覚えてるけど。
まあでもよくなかった。うん、よくはなかった。ブリテンのどの勢力からしても俺は目の上のたんこぶだっただろうし、てゆうか実際めっちゃ指名手配されてた。エルフも俺が魔法を穢したとかなんとか言ってメチャメチャに恨み言をかましてきてたし、知ってる? 俺が本名ではなく「マグパイ」って通名しか名乗れないのは、エルフたちがよってたかって俺の名前を呪ったせいなんだよ。あの名前を名乗ってるとハチャメチャに不運になるからもう捨てるしかなかったんだよね。え、たまに雑学本とかに乗ってる? そっか〜。有名人はつらいな〜。
ともかく、そうやって行き場がない感じで放浪していた俺をとっ捕まえたのが、例のスノウホワイトって女だったわけさ。
え、仕えてた女王に対して不敬だって? 何が不敬なもんか! あの蛮族思想の塊みたいな女王が、優しさの塊みたいなヴィクトリア婆さんと同列なわけないだろ! マジほんと!
しかし、これだけはハッキリと言い切れるだろう。
俺はマーリン以来の、すこぶる有能な宮廷魔術師だったのさ。
著書・評価
いや〜〜〜しかし、大変な時代だったね!
彼女はどうにかして魔術学を編纂して、宗教統一で掴んだ地位を盤石にしたかったみたいで、俺に「魔術師」というシステムを確立するために、今までの知識を全部きちんと書き出すように命じたんだけど……
メッッッチャつらかった!!!!
もうね……何ページ書き終るまで帰れま10みたいな感じだったんだよ……
横でタイガーが見張ってたしね……あいつはあいつでさっさと陣術式描かないと戦争に間に合わないみたいな生活してたから一緒にカンヅメしてただけかもしれないけど……
小説とかドラマだと俺とタイガーの関係は悪かったみたいな記述が多いけど、俺ら別に仲悪かったわけじゃないよ。タイガーもステレオタイプの生真面目って人間じゃなかったし。スカロもなんだかんだでゲームフリークだったしなあ。
まあとにかく、そういう血のにじむような努力によって「ホワイトスノウ魔術読本」、いわゆる「白の書」「白本」ってやつ、ブリテンで一番有名な基礎魔術の教科書が出来たわけだね。
これをもとに魔法学校を作って魔術師を育成……とかめんどかったから、城いっこ買ってきてスカロちゃんに投げちゃったんだけど。そう、例のインヴァレリーの湖畔さ。
まあとにかく君たちが今、魔術を勉強できてるのは全部俺のおかげだから!!! めっちゃ感謝して!!! あ、スカロちゃんにも三割ぐらい感謝しといて。めんどい事務仕事はあいつが全部やってくれたから。助かったわ〜。
で、あのときのフラストレーションで好き放題書いた魔術書が「ブラックマギア」、いまは「黒の書」「黒本」なんていうんだっけ? あんなやつ読んでるやついんの? と思ったけど大学ではちょいちょい教科書指定されてるらしいね。教授の人は正気なのかな? 俺あそこに何回チ?コって書いたかちょっともう記憶にないんだけど。まあ確かに言葉づかいは追いといて、内容はそこそこ真剣に書いたけどさ。マジで手癖だけで書いたから参考になるかなあ……「手淫にまつわる伝導魔術と指づかい」あたりはかなり実用性高いと思うけど! いろんな意味で! いやあれはオナニーだけじゃなくて杖を用いないタイプの伝導魔術全体の……はい。すみません。趣味で書きました。スノウには冷笑されました。
人物
あれから長い時間が経ったね。
なんで生きてるのかって? さあ、死んでるかもしれないぜ。
俺の墓ってブリテン中にあるだろ? 観光地になってたりするじゃん? 有力なのはハイランドの竜峪だっけ。本当はどこなのかって? なに言ってんだ、俺はいまここにいるだろ? それが真実さ。
ああ、そういえば、死んだ後、埋葬される前に右手の小指だけ切断されて持ち去られて、今はその爪と骨が強力な呪具になってる……なんて都市伝説もあったね。俺の骨なんて掘り返したって何の力もないよ。結局、伝説が独り歩きしているだけで、俺自身は並いる魔術師のうちの一人でしかないんだ。ちょっと天才で、ちょっと有能すぎただけさ。一人で何かが成し遂げられるわけじゃない。無邪気な旅行者だよ。
自分の肖像画に合うたび、スノウやタイガーのまともな絵が残ってないのがちょっと切なくなるね。メッティに至っては……あいつは描く側だからね。スカロの絵はちゃんとしたのがインヴァレリーにあるけど、俺はあそこに行くとめんどくさいことになるからあんまり近づけないしなー。
あの頃は楽しかったよ。今も楽しいけどね。蒸気機関、すごくない? 俺には絶対に造れない存在だよ。最近は蒸気空挺に乗るのが一番楽しいんだ。海を渡ってしまえば、俺なんてただのどこにでもいる凡な青年の一人に過ぎないわけだし。
さて――最初の質問に戻ろうか。
「マグパイ」を自称する、俺はいったい何者なのか?
その答えは……一言で言うなら、「君次第」ってところだ。
子孫かもしれないし、生まれ変わりかもしれないし、ただマグパイに詳しい狂信的ファンなだけの魔術オタクかもしれないし、テキトーぶっこいてる詐欺師かもしれないし、あるいは……本人かもしれない。
君がどう思うかはわからない。どう解釈してもらえるかもわからないが、はっきり宣言しておこう。
21世紀、今生きてる、この俺は「マグパイ」だと。
……誓って言えるのか、だって? ごめんね、それはちょっと無理だ。実はほら、見てごらん、利き手の小指がなくってね? 申し訳ないけど指切りげんまんができないんだよね――
路地裏の電話ボックスの中に住んでいる浮浪者。身なりは小奇麗。
あることないこと喋りつづける悪癖があり、21世紀の大魔術師を自称する。
顔は確かにマグパイそっくりであるが、立像や肖像画と異なり、右手の小指がない。
なお電話ボックスは未知の魔術によって拡張されており、部屋のようになっている。
可哀想な犠牲者暇潰しの話し相手をみつくろってからかい倒すのと、旅行が趣味。
杖なしで魔法が使えるあたり、高等な魔術師であることは間違いないが、残念ながら無職である。