最終更新: squid03023_skp 2019年06月16日(日) 07:25:02履歴
……ああ、アンタも音に誘われてきたクチかい。
いやなに、俺も丁度通りがかりに耳にしてな。つい居座っちまった。
なんでもフラリとやってきて、物語を紡いでは渡り歩いてんだとさ。
今のご時世じゃあ滅多にお目にかかれなくなった、《吟遊詩人》ってやつだよ。
いやなに、俺も丁度通りがかりに耳にしてな。つい居座っちまった。
なんでもフラリとやってきて、物語を紡いでは渡り歩いてんだとさ。
今のご時世じゃあ滅多にお目にかかれなくなった、《吟遊詩人》ってやつだよ。
――酒場の男
彼、あるいは彼女が一体どこからやってきてどこへ行くのか。それを知る者は誰もいない。
フラリと街の酒場や路地に現れては、オルゴールとも違う不思議な箱から音楽と共に物語を彩る。
「不思議な魔法を使われるんですね」、そう言った観客の一人にかの人物はこう返したという。
「魔法? いいえ、そんな大層なものではない」
「これは私が紡ぐ物語」
「私に見初められた物語たちの記憶。思念。愛情。そんなものの結晶」
「そうだね。貴方たちが物語を愛すなら」
「……また、出逢うこともあるでしょう」
物腰が柔らかく、多少のやり取りはするものの必要以上に人とコミュニケーションを取ることはない。
不思議と人を惹きつける物語を歌うが、存在感が異様に薄く「いつやってきたのか」「いつ去ったのか」を認識されにくい。
常にロングコートに身を包みフードを被っており、中性的な体格と声から性別すらも容易に判断が付かない。
詩人自体は認識されにくいが、紡がれる物語はまるで「見てきた」かのような臨場感、哀愁を伴う。
それ故に老若男女問わず音と詩を聞いたものは足を止めるという。
金銭は受け取らない主義のようで、ただ詩を聞かれることだけを好む。
名を聞かれると困ったように笑いながら、「クレイオ」とだけ答えたという。
遠い、遠い昔の話をしよう。
まだこの土地が、アルビオン大陸と呼ばれていた頃のことを。
北の森に、魔王が住んでいた。
魔王は恐ろしい力を持っていて、だれ一人敵わなかった。
あまたの勇者たちが討伐のため旅立つが、
みな魂を抜かれたような顔をして
――実際に魂は抜かれていたのかもしれない――
討伐はなされることなく、彼らは帰ってきた。
ある日一人の勇者が北の森へ魔王討伐に出かけた。
『今度もきっと駄目だろう』 街の人々は口々にそう言った。
三日三晩の後に帰ってきた勇者は、しかし町の人々を前にこう話した。
「魔王の討伐は敵わなかった」
「けれど魔王の力を封じることは出来た」
「北の森の魔王は、もう二度とその力を振るうことはないだろう」
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